[感想]オリンピックの身代金 /奥田英朗

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オリンピックの身代金(上)
オリンピックの身代金(下)
奥田 英朗 著/角川文庫
お薦め度:★☆☆☆☆

昭和39年夏、東京はアジア初のオリンピック開催を目前に控えて熱狂に包まれていた。そんな中、警察幹部宅と警察学校を狙った連続爆破事件が発生。前後して、五輪開催を妨害するとの脅迫状が届く。敗戦国から一等国に駆け上がろうとする国家の名誉と警察の威信をかけた大捜査が極秘のうちに進められ、わずかな手掛かりから捜査線上に一人の容疑者が浮かぶ。圧倒的スケールと緻密なディテールで描く犯罪サスペンス大作。


東大生がひたすら破滅していく物語

秋田の貧しい村から、日雇い労働者として東京に出稼ぎに来ていた兄の突然の訃報。東大生として同じく東京で生活をしていた弟の島崎国男は、兄の死を通して東京の繁栄の裏にある格差社会の現実を知り、やがてその理不尽さに憤りを覚えるようになって行きます。

おそらくは、格差社会を描くために選ばれたのであろう東京オリンピックという晴れの舞台。オリンピックに沸き立つ東京の華やかさと、そのオリンピック開催のために過酷な労働に耐える日雇い労働者。

1億総中流社会を経て、今また再び格差社会に突入しようとしている日本にとって、これはもう過去の話というよりは、やがて来る未来の話にも見えて、読んでいてとても気分が重くなりました。

そうして、さらに気分を重くしたのが東大生である島崎の行動。

兄の辛かった生活をなぞるかのようにして、日雇い労働の世界に身を投じ、自分の肉体をいためつけ、覚醒剤(ヒロポン)に手を染めます。やがて国家に一矢をむくいたいと考えるようにまでなるのですが、どうてしこれほどまでに破滅的な人生を選ぼうとするのか、読んでいて気分の良いものではありませんでした。

彼が格差社会に怒りを覚える理由はなんとなくはわかります。ですが、彼は東大生。しかも昭和30年代の東大生ともなれば、今よりもさらに将来の約束された立場だったでしょう。

貧しい村の出身でありながら、恩師たちの懸命の働きを得て、東大生にまでなったのです。その彼が格差社会が間違っていると思うのならば、反社会的行動ではなく、もっときちんとした方法で社会に訴えかけることは可能だったはずなのです。

にもかかわらず、短絡的な行動に走ってしまった島崎。彼にどうしても感情移入することができなかったため、読んでいる最中も、読み終わってからも、心の中に残ったのはどうしようもないほどのどんよりとしたやるせなさだけでした。

希望はどこにあるのでしょう。底辺に生まれた人間は、一生底辺にいるしかないのでしょうか。

「……略……どうせならえらい人になっでけれ。おめがいづかテレビさ出るような人間になっだら、おらたちはそれを観て、この人知ってるって自慢するがら」

日雇い労働者たちの、ささやかと言えばあまりにささやかすぎるこんな夢さえ、島崎は踏みにじってしまったのです。

オリンピックの華やかさとともに結末を迎えた本書は、だからなんとなくさわやかな雰囲気で終わったように錯覚をしてしまうのですが、けれども私にはそこに一縷の希望すら見いだすことができませでした。

吉川英治文学賞を受賞している本作は、世間的には評判の良い作品なのでしょうが、私にはあいませんでした。