【感想】エアー2.0/榎本憲男

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榎本憲男という作家さんは、始めて読む作家さんだった。

軽く経歴を見てみたら、長いこと映画の世界にいる人で、映画のプロデュース、脚本、監督などを担当しているらしい。

生粋の作家ではないので、正直なところあまり期待はしていなかった。けれど、良い意味で期待は裏切られることとなった。

エアー2.0 あらすじ

amazon.co.jpのページをのぞけば、長々とした「内容紹介」が掲載されている。この紹介文
だけで全体の1/3ほどをカバーしてしまっているのだが、できることなら予備知識なしに、まっさらな状態で本書を読み始めたほうが、より楽しむことができると思う。

なぜなら、本当に小さな世界から始まった物語が、コロコロコロコロ転がって、やがて大きな話へと発展していくその様子が、あまりに壮大で、夢に満ちていて、読んでいるこちらまでもが夢を共有しているかのような気分になって来るからだ。

最初からあらすじを知っていては、その転がる様を楽しむことができなくなってしまう。もったいない、実にもったいない。

……というわけで、あらすじを知ってしまうのは、まったくもってオススメではないのだけれども、ごくごくシンプルに説明するならば、本書は

超近未来のSF経済小説

とでも言えばいいだろうか。

始まりは、東京オリンピックへ向けての新国立競技場の建設現場。

中谷という建設現場の作業員が、他の仲間に小突き回されている高齢の「おっさん」を助ける。その後親しくなる二人ではあったが、新国立競技場の完成が近づいたことによる人員整理で、おっさんは解雇されてしまう。

もともと、現場にやって来るノミ屋相手に万馬券をかけ続けていたおっさんは、最後だからと10万円の大金で、当たるはずのない万馬券を購入し、その受け取りを中谷に託して去って行く。

やがて建築現場で爆発騒動がおこり、調べると競技場の基礎部分には他にもまだ多数の爆弾が埋め込まれていることがわかる。爆弾解除用のパスワードを教えるみかえりとして犯人が要求してきたのは、東京競馬場のレースである特定の馬を1、2着にしろというものだった。

そうしてそれは、あの「おっさん」が購入した万馬券の馬と同じものだったのだ……。

感想

犯人の要求と、それを阻止しようとする警察との攻防がこの作品のメインになるのかと思いきや、そんなところで話は終わらない。

建築現場の爆発騒動から始まったはずの話が、やがては総理大臣までが絡んでくる話に発展するのだ。

話のそこここには、日本の抱える閉塞感、問題点、官僚や政治家たちの保身をはかろうとする本能までもが描かれている。けれど、それらはどちらかの思想に極端に偏ることなく、つとめて冷静にしるされているので、社会風刺的色合いはそれほど濃くはない。

昨今のマスコミのどちらか一方に偏った報道なんかよりも、本書のほうがよほど公平に問題を取り扱っているんじゃないかとさえ思えるほどだ。

また私自身は経済にはうといので、本書で書かれている経済的内容がどの程度正確なものなのかはわからないのだが、事実に裏打ちされてこそのこのストーリーなのだろうな、と思わされるほどの現実味を素人目には感じた。

つるつると、滑るように続く新たな展開に引き込まれるように読み進めて、半分をすぎたあたりから、今度は心の中に小さな不安が芽生え始めた。

ここまで話を広げてしまったら、あとはどう収束するつもりなのだろうか、と。

結論から言ってしまえば、きわめて少ない着地点しか残されていないだろう中で、上手くまとめている。

やや出来すぎな感はあるが、最後の最後になって浮かび上がるあざやかなほどの「おっさん」の存在感に感動したのは間違いない。

amazon.co.jpやブクログでのレビュー数を見ると、本書はさほど話題にはなっていないようだが、このまま埋もれてしまうには、実にもったいない作品だ。

読ませる文章力、あざやかなストーリー展開は、一度読み始めたら引き込まれること間違いなし。もしも本屋の店頭で見かけたならば、最初の数ページだけでもぜひ立ち読みして欲しい。

オススメの作品である。

お薦め度:★★★★★