[感想]三十光年の星たち 上・下/宮本輝

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三十光年の星たち (上)
三十光年の星たち (下)
宮本輝 著/毎日新聞社
お薦め度:★★★★☆

京都に住む三十歳の坪木仁志は、職を失い、恋人に捨てられ、明日の生活もままならない。親に勘当され、金貸しの佐伯平蔵から借りた八十万円の借金を返せるあてもない。そんな坪木に佐伯はある提案をする。それは、借金返済の代わりに坪木を車の運転手として雇い、返済の滞る人びとのもとへ「取り立て」に出かけるというものだった…。圧倒的な物語の愉楽。宮本文学の到達点。「BOOK」データベースより


読んですぐに引き込まれた。時間も忘れて読み続けた

「職を失い、恋人に捨てられ、明日の生活もままならない」三十歳の青年となれば、それはもう運のないどうしようもない男を想像しますし、「金貸しの佐伯平蔵」なんて言葉を聞けば、ひと癖もふた癖もありそうな、怪しい人物を思い浮かべてしまいます。

ところが、この作品を読み始めてすぐに、あぁ、全く違ったな、ということに気づきました。

本の内容を短い言葉で説明することは難しいし、その短い言葉から読み手が受け取るイメージはこんなにも違ってしまうのかと、思わず考えさせられたほどです。

佐伯老人は、わずかな元手さえあれば自ら人生を切り開いていけるはず、と自身が信じた女性に、保証人・担保なし、しかも利子もさだめずにお金を貸す、いわば善意の人。

坪木仁志は、佐伯老人が見込んだ純粋で正直な心を持つ青年。

ふたりの間に師弟とも言えるような関係が生じ、老人は坪木に借金の取り立てなど、様々な経験をさせることによって、青年を育てていくのですが、ふたりの関係が実にいいのです。

緩すぎず、厳しすぎず、春先の日だまりのような、暖かな空気が常に漂っています。ふたりを見ていたいがために、本書を読み続けていたと言っても過言ではありません。


 無論、人生には何が起こるかわからない。
 二歳で死ぬ人もいる。三十歳で死ぬ人もいる。百歳まで生きる人もいる。
 死に方も千差万別だ。不慮の事故に巻き込まれる場合もある。重い病気にかかる場合もある。避けられない天災に遭う場合もある。
 しかし、そんなことは恐れるな。三十年後の自分を見せてやると決めろ。きみのいまのきれいな心を三十年間磨きつづけろ。
 働いて働いて働き抜け。叱られて叱られて叱られつづけろ。

三十年をひとつの目安として人生のあり方を説いて行く本書は、もしも10年、いや5年前に読んでいたら、これほど心に響かなかったかもしれません。

「十年ひと昔」の言葉が、今や「5年ひと昔」いやひょっとしたら「1年ひと昔」かもしれないなどと言われていた頃、私自身も効率的であることにこそに価値を見いだしていたような記憶がうっすらとあります。

流れの速い時代だからこそ、すぐ目の前にある結果や成果こそがすべてだと思っていたのでしょう。


「十年で、やっと階段の前に立てるんだ。二十年でその階段の三分の一のところまでのぼれる。三十年で階段をのぼり切る。そして、いいか、のぼり切ったところから、お前の人生の本当の勝負が始まるんだ。その本当の勝負のための、これからの三十年間なんだ。そのことを忘れるんじゃないぞ」

リーマンショック後の不況を経験し、先日の東日本大震災で恐怖を味わい、そして辛くて切ない現実を目にして、自分の中の価値観が何かかわった気がします。

もしくは、歳を重ねたがゆえの価値観の変化……。

いずれにせよ、この「三十光年の星たち」とは、絶妙のタイミングで出会えたのだと、そう思わずにはいられません。

自分の人生に一本のしっかりとした芯を通したいと思っている方にお薦めの作品です。