[感想]階段途中のビッグ・ノイズ/越谷オサム

021018

お薦め度:★★★☆☆

軽音学部の存続をかけて文化祭に挑む高校生たちの青春

先輩二人があろうことか屋上で大麻を吸ったことから、存続の危機に立たされた大宮本田高校の軽音学部。唯一きちんと部活に参加していた神山啓人が、幽霊部員の伸太郎を引き戻し、さらには新規バンドメンバーを探し求めて、右往左往しつつ頑張る毎日。

目指すは文化祭で何らかの成果をあげること。そうすれば軽音学部は廃部にならずに済むのだ。


音楽が大好きで、軽音学部を愛していて、純粋に、ひたむきに文化祭へ向けて頑張る彼らの姿は、ザ・青春!そのもの。同じ年頃の人たちが読んだなら、彼らの活躍を見るだけで十分に満足できると思うのだけれども、青春時代という言葉からだいぶ離れたところにまでやって来てしまった私にとっては、意外とあなどれない存在だったのが、カトセンこと顧問の加藤先生。

この先生、ちょっと変わり者でとおっていて、存在感がないのが最大の特徴なのだ。けれども、そのあまりの存在感のなさゆえに、物語の中では逆にそれが際立っていて、存在感がないのに抜群の存在感があるという(←変な表現でごめんなさい)ちょっと変わった状況になっている。

飄々と、あるがままに日々を送っているかのように見えるこの先生、実はかつてこんなことを言った。

『あ、若さを武器に勝負できるのはせいぜい十代のうちだから、少々不躾でもやりたいことをやるといいよ』

この言葉に感化されたのが、啓人の兄である剛で、その兄に感化されて軽音学部に入ったのが、啓人という、繋がっているような、繋がっていないような、それでもやっぱり繋がってるんだろうな、って感じの流れになっている。

教師の言葉に喚起されてってことで言うと、金城一紀さんの「レヴォリューション No.3(→感想ここ)」の生物の教師の言葉『君たち、世界を変えてみたくはないか?』というのがあったけど、長い時間を一緒にすごす教師の存在というのは、時として人生に影響を及ぼすことがあるのだなぁ、と思いつつ、自分はどうだったかなぁと考えてみたり。

高校時代に何に熱中してたかなぁ、とか。

部活、もっと一生懸命やっておいても良かったなぁ、とか。

でも、こういうことって、後にならないと絶対にわかんないことなんだよね、とか。

高校時代のあんなことやこんなことが頭の中をふわふわと漂って、啓人たちの物語を読んでいるはずなのに、いつしか頭の中には若かりし頃の自分がいたりして、自分の青春時代と、啓人とその仲間たちの青春とのふたつを同時に楽しめるという至福の読書時間と相成りました。

 

ところでこの作品、啓人が中心に描かれているのだけれども、後半に行くにしたがって視点が様々な人に移って行くようになっている。それをもってして、解説では「物語の視点が常に同じではなく、随所で切り替わり、その度にぐっとそれぞれの気持ちに入り込んでいく構成も巧い。」と書いている。

でも、本当にそうなのかな。

私のニワトリ頭では、時折、誰視点で物語が進行しているのか見失ってしまって、ページを戻ること数回。そうするたびに物語の勢いがそがれてしまって、残念だなぁと思った部分なのだ。読む人によって、こうも感じ方が違うものなのだね。すべてとは言わないまでも、後半部分はすべて啓人視点で良かったんじゃないかと思うのだけど、どんなものかしらん?

まぁ、そんなこんなもひっくるめて。ただいま青春まっただ中の人も、青春という言葉から少し遠ざかってしまっている人も、純粋な心をもった方ならば、きっとこの作品を楽しむことができると思います。

でもって、もしもこの作品が気に入りましたなら、芦原すなおさんの「青春デンデケデケデケ (河出文庫―BUNGEI Collection)」も超おすすめです。